この照らす日月の下は……
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「さて……今できるのはこのくらいだな」
そう言いながら、カナードは修正し終わったシステムをマードックへと見せる。
「これなら月までならなんとかなるか」
それを確認してマードックがうなずく。
「その前にオーブに接触してくれればいいんだがな」
少なくとも誰も傷つくことなく目的地へと連れて行ってもらえるはずだ。もちろん、それぞれが別のである。
「俺もそれが楽だとは思うんだが……」
上がどう判断をするか。そうつぶやく彼の脳裏に浮かんだのは、ブリッジにいるであろうブルネットの女性士官だ。
「いっそあいつをどこかに隔離したら話が進むんじゃないか?」
彼女が加わるから変な方向へと話が進むのではないか。言外にそう告げる。
「あれでも上官だからな。それに、軍人としては有能なんだよ」
状況認識や戦闘指示に関しては、とマードックは言う。だから地球軍の内部だけであれば問題はなかったのだとも。
「まぁ、宇宙に上がっちまえばそうも言ってられないのが事実だが」
どこでコーディネイターと関わらなければならないかわからない。その多くが味方ではないとしても敵でもない可能性が高いのだ。
その事実を認識できなければ彼女はそこまでだろう。
実際、今もそれでオーブの人間との間に溝ができているではないか。
「そうだな」
それをフォローできる人間がいればいいのだろうが、少なくともこの艦の中では難しいだろう。
かろうじてムウやラミアスが枷になってはいるようだ。だが、生粋の士官にとって前線にるパイロットや技術士官の言葉は重く受け止められていないのだろう。二人がコーディネイターに好意的だというのもその理由の一端になっているはずだ。
「この艦にしてもおそらくは技術者が乗り込んで修正しながら月に向かう予定だったんだろうし」
その技術者は間違いなくコーディネイターだったはずだ。ナチュラルの技術者ではこれの修正は難しいだろうし、できる人間を危険にさらすようなことはモルゲンレーテの上層部が認めないはずだ。
「ともかく、あちらさんに見つからないことを祈るしかないな」
ため息交じりにマードックがこうつぶやく。
だが、これがフラグだったとは思わなかった。
「……警報?」
いきなり鳴り響いたそれにカナードは眉根を寄せる。
「敵襲か……」
「とりあえず、俺は関われないから部屋に戻るぞ」
こう言うと同時に腰を上げた。
「そうだな。その方がいい」
今の状況でそばにいたのがマードックだったのは幸いだった。話が早い。そう思いながらカナードは床を蹴った。
いきなり鳴り響いた警報にキラは反射的に体を小さくする。
「大丈夫ですわ、キラ」
そんな彼女をラクスがそっと抱きしめてくれた。
「ともかく、一カ所に集まっていた方がいいな」
カガリがキラの頭をなでながらそう言う。
「わかった。みんなを呼んでくるわ」
ミリアリアがこう言うと食堂の方へと移動していく。
「何があったのかな」
言葉とともにフレイが近づいてくる。
「ザフトに見つかったのかもしれん」
眉間にしわを寄せながらカガリが言葉を発した。
「そんな! せっかく逃げてきたのに……」
「大丈夫ですわ。ザフトならばわたくしの言葉を無視できませんもの」
そんな彼女を安心させようというのか。ラクスがほほえみを作りながらこう言った。
「お父様が何者であろうと、フレイさんはフレイさんですわ」
オーブの民間人を傷つけさせるはずがない。そんなことをするものはただではおかないとも彼女は言い切る。
「ラクス」
「そのくらいの影響力は持っておりますわ」
胸を張って言い切る彼女の言葉に嘘はないだろう。
「無理はしない?」
それでも不安を消せないまま、キラはこう問いかけた。
「もちろんです。相手が誰であろうとキラには一歩も近づけさせません」
「僕?」
「そうです! ザフトにはあれがいるのです!!」
ラクスのこのセリフに真っ先に反応を返したのはカガリだ。
「あれって、あいつか? キラのストーカー!」
「えぇ、それです」
「……そんなの、何で野放しにしているの?」
フレイが低い声でそう聞き返してくる。
「不本意ですが、優秀なのです。ついでにキラが絡まないときには外面も」
だから、誰も本性に気がつかないのだ。ラクスの言葉にキラも思わずうなずいてしまう。
「最悪の男ね」
納得した、とフレイもため息をつく。
「でも、アスランは僕が『男だ』と思っているはずだよ」
だから気づかないのではないか。キラはそう言ってみる。
「無駄ですわ。彼のことですもの、絶対に気づきます」
「確かに。カナードさんがそばにいればなおさらだ」
かといって、彼を遠ざけるという選択肢はない。カガリもそう言い切る。
「そうなると、いろいろとまずい。実力行使に出られればどうしてもお前の方が不利だからな」
体格的に、とカガリは続けた。
「そうですね。既成事実と言い出しかねません」
ラクスもそう言って顔をしかめる。
「犯罪者じゃない、それって」
「もみ消すでしょうね。そして『責任をとる』などと言い出してキラを連れて行こうとするに決まっていますわ」
フレイの言葉にラクスがとんでもない未来を口にしてくれた。そんなことになったら、自分はどうなるのか考えたくもない、とキラは心の中でつぶやく。
「そんなこと、させるか!」
徹底的に邪魔してやる。カガリが叫ぶ。
「もちろんですわ」
「キラを連れて行かせないわ」
その前に、この警報は本当にザフトがおそってきたからなのか。そして、そこにアスランはいるのか。それを確認するのが先決なような気がする。
だが、なぜか、それを指摘してはいけないような気がしてならない。
というよりも彼女たちの邪魔をしてはまずいと誰かがささやいている。
「……みんな、遅いね」
こうつぶやいてしまったのは、決してこの空気に耐えられなくなったからでも、友人達を巻き込みたかったからでもない。
第一、ここにミリアリアが加わったらさらに怖いことになるような気がしてならないのだ。
「すぐ戻ってくるわよ」
大丈夫、とフレイが言うのにキラはうなずいて見せた。